名古屋高等裁判所 昭和35年(ネ)370号 判決 1965年2月06日
主文
原判決中控訴人日比野清秀、同株式会社鳥海商会、同千代田硝子販売株式会社に関する部分を取り消す。
被控訴人の右控訴人三名に対する各請求を棄却する。
控訴人片山喜一郎の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、控訴人日比野清秀、同株式会社鳥海商会、同千代田硝子販売株式会社と被控訴人との間においては被控訴人の負担とし、控訴人片山喜一郎と被控訴人との間においては被控訴人の負担とし参加によつて生じたものは参加人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の各請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、立証関係は次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人は、
一、被控訴人を遺言執行者と指定した昭和三〇年一月二八日付の本件遺言は当時亡成田政春が殆ど意識不明の状態にあつたこと、それ以前の同月一五日付の別個の遺言書のあること、右前後の遺言書の内容が矛盾すること、等からして右政春の真意による自発的なものではないから、無効であり、したがつて、被控訴人は当事者適格を欠くものである。
二、亡成田政春の相続人中妻そふ、娘地藤たみ子は相続に関する権利を放棄しており、残る訴外成田一男のみが相続をなしたことになり、その一男がなしたことが遺言の執行と同一の結果になる場合には、遺言の執行を妨げる行為に該当しないものというべく、本件遺言において、訴外前記成田一男のなした行為と牴触する条項はなく、右行為と関係あるものとみられる事項は法的効力あるものではなくして、一種の希望ないし道義的な考えを表明したものか、当然のことを表現したものに過ぎない。したがつて、被控訴人の遺言執行者としての本訴請求は本件土地に関しては法律上の効力がない遺言に基く主張であるから、権利保護の利益もない。
三、遺言執行者が存在しても、これは相続人の代理人であるから、本人にあたる相続人のなした行為が遺言書の趣旨に添つており、遺言執行者がなしても同一の結果をみる場合とか、遺言の執行を妨げず、かつ矛盾しないような場合には、相続人のすでになした行為をことさら取り消して旧に復することは無益であるばかりでなく、第三者に影響する場合には不当であり、訴外成田一男のなした行為は実質上なんら違法でなく正当なものである。
四、本件土地は訴外成田一男が亡政春から贈与を受け右一男名義に登記がなされたのであるから取り消しすることはできないし、かりに、贈与がなかつたとしても前記のように右一男が単独で相続しているから、実体上の権利者であることには変りなく、したがつて、控訴人らは無権利者から譲受けた場合と異なり善意である以上これを保護すべきが当然であり、外部から遺言執行者の存在を知るべき公示方法を備えていない現行法のもとでは、第三者が相続人の登記を信頼して権利を取得した以上、遺言執行者がこれを取り消したり回復することはできないものというべきである。
五、本件の仮登記仮処分命令の申請原因は売買となつているが亡政春と訴外成田一男との間に、かかる事実のなかつたことはむしろ争いなく、右仮処分は訴訟上の詐欺ともいえるもので、本件仮登記は無効であるから、これを抹消するのは当然であり、回復の実益はなく、本訴請求は失当である。
六、訴外成田一男が原審でなした認諾は真実にそうものでなく、これが善意の第三者に影響すべき筋合はない。
と述べた。
被控訴人は、控訴代理人の右主張を争い、次のとおり述べた。
一、本件遺言書作成当時亡成田政春は意識明瞭であり、その後退院し一三日間生存していたのである。前後二つの遺言書の内容は矛盾しないのみならず、後の遺言すなわち、本件遺言により前のものを変更したといつても差支えないし、被控訴人の当事者適格を争うのは筋違いの論である。
二、本件遺言書の内容が法律的効力がないというのは失当である。
三、訴外成田一男のなしたことは本件遺言の趣旨にそわないものである。
四、本件土地の贈与は否認する。控訴人ら、ことに控訴人片山喜一郎が善意であることは争う、また本件抹消登記の回復については、善意悪意を問ういわれはない。
五、訴外成田一男の本件土地についての登記原因は、訴外西村義太郎との売売契約に基くものとなつているが、これは虚偽の意思表示によるものである以上、その結果右西村から右一男に対する移転登記を抹消して一旦右西村に戻し、改めて西村から亡政春に売買を原因とする移転登記をなさねばならぬ筋合となるが、その煩をさけ登記手続の経済から跳躍的登記をなす結果登記原因を売買としたとて、法律関係の不安を来たすものではない。右のような経過であることは被控訴人の仮登記仮処分命令申請書(乙第四号証の三)に明らかで裁判所を欺いたというのは論外である。
六、訴外成田一男が原審でなした認諾は同人が遺言執行者の真意と、控訴人片山の詐欺的行為を知つて、反省した結果であるから、当然のことである。
と述べた。
証拠(省略)
理由
訴外亡成田政春が昭和三〇年二月九日死亡したこと、同人が死亡の危急に迫つた同年一月二八日遺言をし、該遺言において被控訴人を遺言執行者に指定したこと、ならびに、被控訴人が同年二月一四日に名古屋家庭裁判所に対し右遺言の確認審判の申立をなし、同年三月二三日同裁判所において右確認審判を得て、同日遺言執行者に就任したことは当事者間に争いないところである。
控訴人らは右遺言の効力について争うが、その方式および遺言者の真意に出たものである点等についての判断は原判決理由(原判決書六枚目裏八行目から八枚目表三行目まで)記載のとおりであるから右記載を引用する。
前記成田政春が右遺言の前である昭和三〇年一月一五日にも遺言書(甲第六号証)を作成したことは明らかであるが、この内容は前記同月二八日の遺言(甲第一号証)と牴触するものとは考えられず、かりに控訴人主張のように牴触したものと考えるならば民法第一〇二三条により後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなすべく、いずれにしても、右の故に本件(一月二八日)遺言の効力に消長を来すことはない。
控訴人は、本件遺言の内容について、その法律的意味のない旨を論ずるが、なるほど、本件遺言書記載の内容(別紙記載)について本件各証拠と照して権討すると、第一項は別紙目録記載の本件土地を相続人である訴外成田一男ほか二名の相続財産とすることで特定遺贈というべきものでなく、第三項は被相続人の債務を弁済するためその所有にかかるという本件土地を売却する旨の依頼であつて遺言をもつてなし得べき処分行為でない(大正六年七月五日大審院判決参照)のみならず、第四、第五項も遺言の性質に反するし、第二項前段、第六項後段も本件土地に関係ないもの、あるいは被相続人の債務弁済に関するものであると解せられるのであつて、控訴人の主張も理由ありといえるが、
少くとも、第六項前段の「訴外平田喜代子(きよ)に若干の生活資金を与えられたいその額は遺言執行者と一男と協議のうえ決定のこと」とある部分は金銭その他の代替物についての種類遺贈と解すべく、遺言執行者は他の相続財産を換価処分してもこれを受遺者に引渡さねばならぬから、その関係において相続財産の全部が遺言執行者の管理に属すると解すべく(相続人に対し遺産の一部を第三者に贈与せよとの趣旨で無効なものとは解し難い)、第二項後段の前記平田喜代子に金銭債権を遺贈する件も遺言執行の観念を容れる余地なしとはいえないところである。
そうだとすれば、被控訴人が本件遺言執行者としての本訴遂行は適法であつて、これに反する控訴代理人の見解は採用し難い。
そして、民法第一〇一三条によれば、遺言執行者ある場合には相続人は相続財産の処分をすることができないのであるから、たとえ、訴外成田一男以外の相続人が相続放棄をしていても、その故に本訴請求が失当ということはできない、控訴代理人の主張は前記のような本件遺言が法律的効力ないとの見解にもとずくものか、あるいは独自の解釈により被控訴人の本訴請求を非難するものであつて、排斥を免れないものである。
そこで本訴請求の当否について考察するに、
本件不動産がもと訴外西村義太郎の所有であり、訴外亡成田政春が昭和二四年一二月二〇日これを右西村から譲り受けたこと、右不動産につき、右西村から、訴外成田一男への所有権移転登記がなされたこと、右政春が昭和二七年名古屋地方裁判所に本件不動産につき仮登記仮処分命令の申請をなし、同年四月二日同裁判所から該命令を得て名古屋法務局広路出張所同年同月八日受付第五一七二号をもつて、同人のため所有権移転の仮登記(甲区順位第五番)をしたこと、右不動産につき、右出張所昭和三一年四月一一日受付第七三四九号(右受付番号については当裁判所に顕著な昭和三五年(ケ)第一一六号事件の記録中の登記簿謄本の記載に徴し第七三九号とあるを誤記と認める)をもつて、右仮登記の抹消登記がなされたこと、ならびに被控訴人が前記一男を相手取り昭和三二年七月一二日名古屋地方裁判所に対し、右抹消登記回復請求の訴(本件原審同年(ワ)第一〇三九号)を提起したところ、右一男が同年一〇月一二日の同事件口頭弁論期日において被控訴人の該請求を認諾したことは、いずれも当事者間に争いないところである。
ところが、成立に争いない甲第二号証、同第四号証の一ないし三、原審および当審の証人中野定雄、同成田一男の各証言を総合すると、前記仮登記抹消登記は昭和三一年四月一一日放棄を原因としてなされたものであるが、当時は既に仮登記権利者たる成田政春は死亡していて、もとより同人が申請をしたものでなく、訴外成田一男が右政春の死後、遺言執行者たる被控訴人に無断で勝手に政春名義の仮登記上の権利放棄書等所要書類を作成し訴外司法書士中野定雄に依頼してその申請手続をしたもであることが認められ、これに反する信用すべき証拠はないから、右一男は被控訴人に対し右抹消登記の回復登記をなすべき義務があり、前記認諾は右一男が該義務を訴訟上において承認したものというべきである。
控訴代理人は本件不動産は亡成田政春が生前その養子一男に贈与したものであると主張するが、前記の所有権移転登記が訴外西村から右一男になされたことだけで、これを肯認することはできず乙第四号証の五添付の疎明書類は後記証拠に照しその内容を信用できないのであり、当審証人成田一男、横井貞一、成田そふの証言を総合するとかような贈与の事実はなく、ただ債務関係その他から当時未成年の右一男名義に虚偽の登記をなしたことが認められる。そして、控訴代理人の仮登記無効の主張は被控訴代理人の当審における主張第五項のとおりと認められるから採用できず、また前記一男の認諾も当然のことというべく、前記のように不法に抹消された仮登記を回復するについてはたとえ、右一男が仮登記権利者たる亡政春の単独相続人たる地位にあつても、遺言執行者ある場合であるから、前記のように処分権ないうちになした無効のものであることに変りはなく、これに反する控訴代理人の主張は排斥を免れない。
そして、控訴人らが本件不動産につき、被控訴人主張のような所有権または抵当権を有するものとして登記簿上表示されていることは争いがない(成立に争いない甲第二号証参照)から、控訴人らはいずれも前記仮登記抹消登記の回復登記の利害関係人であると認められ、したがつて、控訴人片山喜一郎のように当審証人成田一男、同成田そふの証言に徴し右抹消登記が不法になされることにつき承知していたと認められる者は前記回復登記手続を承諾すべき義務があること当然であるが、控訴人日比野清秀、同株式会社鳥海商会、同千代田硝子販売株式会社は、いずれも前記抹消登記後に抵当権設定登記を右片山から受けたものであつて、悪意である旨の立証がないのみならず、事の性質上仮登記が存することを承知してかような抵当権設定登記を受ける筈はないと考えられるから、前記抹消登記が不法になされたことにつき善意無過失であり、かつ、回復登記によつては実質上不測の損害を受けるものというべく、本件仮登記抹消登記の回復登記を承諾する義務はないと解するのが相当である(昭和三〇年六月二八日最高裁第三小法廷判決参照)。
されば、控訴人片山喜一郎に対する被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、右控訴人の本件控訴を棄却すべきもその余の控訴人に対する本訴請求は失当として棄却すべく、これと見解を異にする原判決はその部分を取り消すべく、民事訴訟法第九六条第八九条第九四条後段を適用し主文のとおり判決する。
別紙 目録
名古屋市昭和区東郊通七丁目拾六番
一、宅地 弐百弐坪
遺言の内容(甲第一号証)
一、自己所有の東郊通り七丁目一六番地の宅地は妻そふ、娘地藤たみ子、養子一男の三者の相続財産とする。
二、平田きよ方に在る動産物件は全部平田きよに与える。信子及その父母に対する公正証書を以つて金銭債権及佐々木時子に対する債権は平田きよに贈与する。
三、渡辺積、加藤鎌三郎、森川松太郎に対する債務は第一項の宅地を売却して弁済すること。
四、吉田重治に対する土地賃借権不存在土地明渡請求訴訟は元来同人に賃貸しているのではなく単に期間の定めなく無償使用させていたに過ぎないのであるから今後も進行し目的を達するよう代理人岡田介一に引続き托すること。
五、西藤一雄の前記土地に係る第一、第二順位の抵当登記は登記原因なきものであるから速かに抹消するよう求めること。
六、平田きよに対しては相当の負債を作らせてあるからこれを償いかつ本人のため若干の生活資金を与えられたい。その額等は遺言執行者と一男と協議の上決定されたいこと。
佐藤米一弁護士、岡田介一弁護士に対する報酬につきては同人等と協定の上決められたい。
七、遺言執行者を岡田介一弁護士と指定する。